ソフィア・コッポラ『ブリングリング』



ついさっき見終えた。なんとなく気にはなっていたけど、たぶん、そこまで面白い映画ではないであろうと期待薄で見てみた。たまにこういうときがある。面白い、面白くない以前に、一度は見ておこう、みたいな。この手の映画を見るのは久しぶりで、普段見るような映画ではないけど、それでも、やっぱり、気になる、というややこしさ。

動機のキッカケはこれが実話であるのと、エマ・ワトソンが出ていたから。ここだけ拾うと、まるでとてもミーハーのようだ。エマ・ワトソンがめっちゃ好きかと問われたらまた自分でも違和感があるのだけど、好きの種類が違う気がする。好きな俳優は誰かと問われたら、ふと頭に過ったのがギャスパー・ウリエルとレア・セドゥ。今はどうしているか分からないけど、映画『ロード・オブ・ドッグタウン』や『イントゥ・ザ・ワイルド』で主役を演じていたエミール・ハシュとか色々。

でも、やっぱりエマ・ワトソンも好きで、子供の頃に見たことがあるハリーポッターの影響もあるだろうけど、最も惹かれた理由はむしろそれ以降のエマ。ハリポタのレギュラー陣が微妙になっている中、どんどん綺麗さに磨きをかけたり、大胆にショートカットにしたり、様々な役柄に挑戦したりと、その後の活躍が興味深いから。

人の名前をめったに覚えない私が、エマ・ワトソンの名前だけは妙に頭に刻んでいる。映画『ウォールフラワー』を見たキッカケも、あらすじを読んで気になったのもあるけど「今のエマ・ワトソンってどうなんだろう?」という好奇心から始まった。特に期待していなかった分、映画自体も久々にこの類いの映画で良い作品を見たなあ、と思った。ちなみに何度か見返しているほど。


話を『ブリングリング』に戻すとして、ここでもエマ・ワトソン演じる浅はかなティーンエイジャーっぷりが発揮している。『ウォールフラワー』で演じていた彼女とはまるで違う雰囲気を纏っている。色々な意味で残念だけど、ちょっとした危うさや妖婉さ、でもやっぱりお馬鹿みたいな、そんな役柄を見事に演じきっていると思った。

ただ、やっぱり映画自体は面白くはなかった。もう一度見たいかと問われたら、絶対に「NO!」と言うレベル。オープニングの始まり方や音楽の使い方は、さすがソフィア・コッポラとも思ったけど、すぐに飽きてきて、映画にのめり込むというよりは、色々と考え事をしながら見ていた。でも、本当に何もかもがつまらない映画だと諦めて離脱してしまうので、そこまでではなかったのかな、とかも思ったり。

物語がひたすら「家に侵入して窃盗」「パーティー」の繰り返しなので、飽きもしてくるのは仕方ない。ただ、2000年代のアメリカのリアルな雰囲気を描き切っているところとか、ちょいちょい好感度が高い場面もあった。勘違いされがちだが、この映画および実話でもある窃盗集団ブリングリングは「泥棒」がメインなのではなく、アメリカのどこにでもいる若者たちが抱く「葛藤」や「憧れ」がメインという点。泥棒は「大金」や「宝石」など、金銭を稼ぐことを目的としているのだが、彼らが盗むものは自分が着たいと思っていた「服」を盗むのが目的。雑誌を見ていて、あるいは SNS でセレブの着こなしを見ていて、自分もこんな服が着たい、欲しい、買えない、盗もう、という。

連日連夜、自分たちを着飾り、パーティーに明け暮れて、その様子を自撮りして SNS にアップして、自分たちの空虚さを埋めようとする。そこには明確な目的はなく、ただの若者たちのよる悪ノリでしかない。現代特有の若者たちの空虚さと、その埋め方をひたすら見させられて、なんだか自分も空しい気持ちになっていった。もしかしたら、同じように日々 SNS に奮闘しているような今の10代の人たちが見たら、私とは違った印象を抱くのかもしれない。


特に着地点も決めず、なんとなく書いただけのメモみたいなもの。考察やらアレコレを上手くまとめてみるのも面白いけど、こういう記事もこのブログでは今後書いていきたいと思っている。意味があるようでない、みたいな。だから口調もあえて軽め。悩みすぎて書けなくなるよりはマシかな、と。そんな私もこれ完全に悪ノリですね。

今回の『ブリングリング』は外れだったけど、ソフィア・コッポラの『somewhere』は気になっているからいつか見たい。