つまらないと思うのは自分のせいかもしれない



周囲というか、知人ですらない、普段なら関わらない人たちを冷静に見ているとそう思うようになった。私も目が肥えているからかめったに何かに対して「面白い!」とは言わないので分からなくもないのだが、なんでもかんでも否定的ではないし、そもそも否定する気はないし、今でも「面白い」「凄い」といったように、モノやヒトなどに対して素直にそう思える心のゆとりは持ち合わせている。

実は少し前に、以前よりも「凄い」とか思える出来事が少なくなってきたなあ、と不安に感じていて、調べてみたらそれはうつ症状の表れかも?となって、自分でもそうなのかも?とか悩んでしまうことがあったのだが、確かに昔よりは何かに対して厳しくなった気もするが、それは目が肥えている、かつ自分に対しても厳しく接した上でアウトプットしているからだなあ、と我に返ることができた(このブログ上に存在する、このブログ上でしか判別できない自分に対しては不甲斐なさしかないけど、それ以外の自分に対して、という意味です)。

話は戻って、なんでもかんでも他者や物事に対して否定的で、毎日愚痴や文句、不平不満を量産し続ける人たちは、当の本人の心がつまらないというパターンも全然あり得るというわけだ。誰にでも共通しているのが、自分のことには触れない、自分を美化しがち、どんなことに対してでも必ず一日一回は意見ではなく主観的で否定的な文句を言うなどなど。

これが頭の良い人で、行動力や実現力も伴っていて、周囲のことをちゃんと公平に受け止められる人ならまた事情が変わってくるが、決してそうではない。より極端に言うと、その人自身がつまらない人物にも関わらず誰々や何かに対して「つまらない」と言っていたならば要注意だ。自分自身が興味深い人物でも何者でもない、日々の生活以上の努力もしない、自分の非も決して認めない。こんな人の口から出てくる「つまらない」のなんたる説得力の無さ。

こういう人に限って実は他者に依存していたり、他者に共感を強いてくるのでタチが悪い。その「つまらない」はあなた自身の問題なのでは? じゃあ、どうしたらあなたは「つまらない」と口から漏らさないようにできますか? それを言ったところで聞く耳を持たない人たちの方が世の中圧倒的に多いので、なるべく相手にしない、あるいは職場など関わることを強いられる環境にいたとしても割り切って接することをオススメします。

ただ、これは自分自身に対しても一番注意すべきことだよなあ、と。もし自分がこうなってしまったら……そんなことを考えただけで恐ろしい。