好きと嫌いと凄いは別物



最近つくづく思う。自分にできないことをやれている人は凄い。世の中の多くの人が好きか嫌いかの二択で判別しすぎだと思う。どんな人にも良いところと悪いところがある。悪いところばかり目立った結果、嫌いになることもあるんだけど、嫌いでも凄い人は凄い。

実際にスティーブ・ジョブズと同じ職場にいて、それもアップル時代のジョブズではなくてアルバイト先の同僚だとして、めっちゃうざいと思うかもしれない。けど、コイツ、面白いなあって絶対に思うはず。

何かを成し遂げる前から凄いと思える人と、成し遂げたからこそ凄いと思われる人の2パターンがある。私は誰にも迷惑をかけず、平穏に過ごせればいいと思っているので、大いなる野望とかはない。だから、たぶん、大きな功績を残すことはないと思う。

成し遂げるというのも、実績や功績だけでない、目に見えない部分、つまり自分だけのものなら結構ある。誰から見ても「あの人はあれだけのことを成し遂げた」というものではなくて、自分だけで勝手にそう思っているもの。

画家志望ではないけど絵画を描くのが好きだとして、死ぬまでに何枚も何十枚も何百枚も何千枚も何万枚も描くことに夢中になるのは、自分だけのもの。自分の中の成し遂げたい気持ち。そういうのならいくつかある。

こういうこというと、アートの世界って胡散臭いよねなんて同調されることもあるけど、胡散臭いと思うかどうかは別として、そこにいる人たちや作品はやっぱり凄いと思う。映画、絵画、写真、小説、漫画などなど、もちろん自分の好みもあるので、なんでもかんでも凄いと心の底から思っているわけではないし、くだらないと思うものもそりゃあいっぱいあるけど、、、

たぶん、自分も実際にやっていたり、そうでなくても長年見てきて目が肥えている分野は厳しくなって、自分が普段あまり関わらない分野はまだその状態ではないから、素直に凄いと思うのかもしれない。

それに、どれだけ叩かれていて、どれだけ嫌われていても、毎日1万文字以上の記事を何年も書き続け、毎月数百万円稼いでいるブロガーとか単純に凄いなあって思う。みんな、好きか嫌いかでしか語らないけど、その鬼のような努力と、それによる成果は凄いなあって私は思ってしまう。

ブログだったらそこに書かれた内容が、表現の世界では産み出した作品があるわけだけど、それを単純に好き嫌いで終わらせないで、なんでこの人はこうなったのかとか考えたり調べるのは昔から好きだ。

全く何も学べないことだってあるかもしれないけど、何かしら掬い取れる部分ってあると思う。