インプットに疲れた



意欲がないんじゃなくて、インプットに疲れたんだと思う。今の世の中は情報過多なほどで、SNS やインターネットに接続するものなら各々が説く正しさや答えで溢れかえっている。何が必要で何がいらないか取捨選択できるならまだしも、できない人が多いのも事実だから、無意識に疲れてパンクしてしまう。

スマホのゲームなんて良い例で、誰もが心の底からそのゲームを楽しんでやっているわけではなく、ただ、なんとなくやっているような。ゲームが本当に好きならまだしも、スマホを持ったことで周囲に流され、退屈しのぎにゲームをやっている人たちを見ると残念に思う。

私はゲームを一切やらないけど、それは自分の人生がゲームみたいなものだったからだと思う。それに加えて、最近ではこうしてブログも書き始めたわけだから、ゲームなんてやる暇もない。

いや、それは間違いかな。やる暇もないというか、興味がないだけだ。ダラダラする日や時間が全くないといったら違うわけだし、そういうときは漫画をキンドルで読んだりするわけだし。

ブログにのめり込み始めたら、それすらもなくなるかもしれない。漫画でも映画でもなんでもそうだけど、軽く触れるというよりは真剣に対峙しているんだけど、一言で表すならやっぱり自分にとっての息抜きなわけであって、自分の中というか自分の人生において「アウトプットしている自分」と「働く自分」と「そうでない自分」の3種類の人がいて、その「そうでない自分」の中に様々なインプットをする行為や誰かと会ったりする時間など、余白の部分が凝縮されていて、その中にはブログも含まれる。

「アウトプットしている自分」は世間では「○○」といくら呼称されようと、それで多かれ少なかれ糧を得ていようと、実はピンとこないものであって、自分の感覚的には好きなことをしているだけ。ちなみに、最も大切な部分、最も大切な自分。

だから、それで生計を立てる気はないので「働く自分」が必要なわけであって、まあ、それも一日の3分の1程度、半月くらいに留めていて、さらに余った時間でようやく飲食なり誰かと会うなり散歩なり何なりができるというシステム。

あと、元々何かをやっていないと気が済まない性癖なので、そのアウトプットしている自分がピークのときは人生のすべての時間を費やしている。何より楽しいし。もちろん、モチベーションの上下はあって、特に最近は以前と比べて休みがちだけど。

なので「遊ぶ」という感覚が全く分からない。明日何して遊ぼうとか思ったこともない。遊んだことがないわけではなくて、そりゃあ遊んだことはあるけど、人は本気で遊ぶと飽きるもので、自分が毎日必死になってやっていることが遊びに発展していって、それを何年も続けてきたからこそ今の自分があって、、、

たまにリラックスすることはあってもすぐに動きたくなってしまう。繰り返すけど、ダラダラしたり何もしない日があるのがストレスになるタイプ。

変な話、自分の今手の中にあるものを捨てて、すべての力をブログに注いだらとんでもないことになると自負している。あと、すべてではないにしろ、最近はちょっと一旦休もうと思っているので、しばらくブログを書き続けると思う。今がそういう時期だから。

今、自分でも人生の転換期を迎えていて、自分がどうしたいか、どうありたいかが、よくわからなくなってきた。意欲がないわけではないけど、その意欲やら何やらをどこに向けて、どう昇華してあげようかなあ、とか色々考えている。だからこうしてブログを書き続けている。

とりあえず、最近の目標というか好奇心は1年後の自分に向けられている。1年後、どんな自分になっているんだろう。全然想像つかない。どこかで働いているかもしれないし、そうではないかもしれない。そういえば、最近会社を辞めることを決意して、今月一杯働いたらニートになる予定。遠い未来は分からないけど、ニートになってまたすぐに働き始めるとは思うが、ちゃんと自分の中でプランがあって、その与えられた期間で色々とやりながら自分と向き合いたいと考えている。

本当は数ヶ月間一切働かず、すべての時間を自分のことに注いで将来を変えていきたいとも思うんだけど、諸事情により長く休めるわけではないので仕方ない。でも、まとまった余白の期間がちょっとあるだけでも気持ち的には相当楽だし、居座る場所を変えるという面でもやっぱり嬉しい。今の会社に凄い不満があるわけではないんだけど、このままずっとここにいたいと思うかは別だったから辞めた。その話はどこかでまとめたい。