YUKI『暴れたがっている』



最近の私の心模様を最も忠実に表しているような曲。惜しくも、二番手にビョークの『ハンター』が君臨するのだが、今年のフジロックで生まれて初めて YUKI に魅了され、アルバムも購入し、約10年ぶりとなる邦楽による日本語歌詞が今の自分に合っているのだと思う。

歌い始めの「あがいてたら 振り出しに戻ってた」とか「誰かのせいにしてさ」「長い台詞を覚えた解答者」「負けてたまるか」「世界のその先が見てみたいんだ」「何度でも 何度でも 飛び込める」辺りに強い共感を抱いた。もちろん、最大のポイントはサビの終わりの「暴れたがっている」の繰り返し。

ほぼ毎日のようにこの曲およびアルバムを聴いては、自分の中に潜むありとあらゆる感情が解放されていく。正直 YUKI の信者でもなければ初めてアルバムを購入したくらいなので、2曲目まで高揚しつつも、初めて聴いたときは3局目のお粗末なラップ調の曲に戸惑いを隠せなかった。

しかし、今ではそれが逆にクセとなり、アルバムすべてを通して聴き入ることに夢中になっている。通勤時間にこのアルバムを再生するほど。ちなみに、ちょっと前まではイレギュラーはあれどいつだってビョークだったし、『Vespertine(ヴェスパタイン)』に凄く心を奪われたので、その原曲ではなくライブバージョンをいつも聴いていたくらい、ビョークに夢中になっていた。

しばらく聴かなくなったけど、やっぱり過去のビョークを聴くと YUKI には決して超えられない何枚もの壁があるのが分かる。ビョークファンで、YUKI のアンチファンからすれば当然だと思うだろうし、私も以前まではビョークに憧れる、ビョークの真似をするミュージシャン YUKI の印象は拭い払えなかった。

けど、それらを踏まえた上でも今の私はなぜか YUKI に惹かれている。もしかしたら、長続きはしないかもしれない。一時のものかもしれない。けれど、フジロックが終わった7月下旬から3ヶ月以上経った今でも YUKI に魅了されている。

どっちが凄いか、どっちに魅了されるかと問われたら即答で私もビョークと答えるが、最近のビョークには頭を抱えるばかりなので、その行き場を失った私に新たな道を示してくれたのが回り回って YUKI だったのかも。これには誰よりも当の本人が一番ビックリしている。繰り返すけど、邦楽はもう10年以上聴いていないし、これからも聴くことがないと思っていたし、YUKI なんてむしろ悪い印象すら抱いていたほどだったから。

『暴れたがっている』以外にも、妙に心に響くフレーズが多いこのアルバム。調べたら「最強超弩級無敵ポップアルバム」らしい。いやあ、ダサイ(笑)

けど、その恥じらいも含めて全面に押し出されたこのアルバムだからこそ、今の私に響いたのかもしれない。その前の YUKI のアルバムだったらここまで響くことがなかったかもしれない。

Amazon のレビューを見ていると分かる通り、誰もが YUKI の長年のファン(信者)だ。それに反して、私の意見の強みは決して彼女のファンでもなければ信者でもなく、むしろまともに彼女の曲を聴いたことがあるわけでもなければ、邦楽すら興味ない立場だった。

そんな私がここまで言うのだから、よっぽどの事態と思って欲しい。私だって最初にアルバムを全曲通して聴いたときは「う〜ん、やっぱり YUKI だな(悪い意味で)。やっぱり、日本だな」とか思っていた。

けど、それを逆手に取るように、妙にこのチープともいえるサウンドが響いた。正確には、チープなメロディーなどをカバーするような YUKI の歌唱力と独特で素直な歌詞に惹かれた感覚。これは、YUKI の声と歌詞以外だったら、絶対に CD を投げ割っていたと思う。当時から今も活動している女性ミュージシャンの CD だったら間違いなく叩き割っているレベル。

このアルバムは YUKI だからこそ、今の YUKI だからこそ成し遂げることができた賜物だ。少なくとも、ビョークのアルバム『Vulnicula(ヴァルニキュラ)』や新曲『The Gate(ザ・ゲート)』よりも聴いている頻度が圧倒的に多く、心に届いている。

この事実は、誰が何て言おうと覆さないよ。むしろ、もう一度フジロックに早めに出向いて、YUKI のライブを最初から最後まで体感したかったほど。あの熱狂は、ビョークを超えていたと断言する。確かに邦楽オンリーかつ YUKI ラブな信者たちが最前列を占めているから、その光景は首をかしげてしまうかもしれないけど、それはビョークにだって言えること。客観的かつ公平に見て、あの日のライブのパワー、私はビョークより YUKI が上回っていたと思う。だって、ビョーク、全くやる気がないのを直に感じたもの。