一日一善



なんのこっちゃという感じだけど、それさえ保たれていれば、なんでもいいんじゃないかとすら私は思う。

最近なんだか忙しくて、やりたいことも、やるべきことも果たしているからこそ全然このブログを更新できていないんだけど、別にこのブログ専門のブロガーでもないんだから、そこに関して必要以上に負い目を感じなくてもいいのではないかなあ、と。今後どうなっていくかは別として。

で、この一日一善って、別に糧を得ているかどうかすらも抜きだと私は思うのよ。よく聞くでしょう?何の意味もない、何も得ていない、とか云々を。でもそれは本人の気持ち次第であって、本人が心の底から「今日はこれは一つやれた」っていう気持ちがあったなら、世間とか他者とかにアレコレと責められる必要なんて全くない、と。ただそれだけを言いたい日記です。

私の知人でね、一日一善といって家のどこかしらを徹底的に掃除することを心がけている女性がいるの。たとえば、窓掃除とか、キッチン掃除だとか、トイレ掃除だとか、風呂掃除だとか色々……一つを徹底的にこなす女性。

それを生き甲斐といったらまたなんか違うんだけど、本人の心がそれによって満たされることがとても大切難じゃないかなあって思う。

その女性は夜になるとまあまあの量のアルコールを摂取するんだけど、本人が一日一善を果たせなかったときは絶対に飲まないの。ちゃんと今日一日を全うできたなあ、という実感があるからこそ飲酒する、みたいな。そういう感覚。飲み過ぎちゃったなあ、今日も飲んでしまったなあ、という罪悪感はゼロ。

でも、私はそれでいいと思う。それで上手く人生が回っているのだから。ちなみに、その女性は他にもやることをおさえていて、かれこれ10年以上はアルバイトも派遣社員も正社員も何もかもを経験していないで、ただただ家にいるだけ。これ、私は凄いと思う。

誰にも迷惑かけず、誰にも迷惑をかけられず、ほぼノーストレスで自由気侭に生きているスタイル。毎日ちゃんとした食事と適度のアルコールを得られたらなら、それ以外のことはどうでもいいという考え。いやいや、とても立派でしょう、と言いたい。