2週間過ぎても何も変わらなかった



会社を辞めることを決意してから2週間が経過した。月末までにあと何日か出勤したところで退社。その後は色々考えているけど、とりあえず人生に疲れたので一休み期間を数日間くらいは設けようと考えている。

11月上旬には退社が決定していたので、それからは一日足りとも無駄にせずにブログをめちゃくちゃ更新しようとか意気込んでいたけど、結局何も変わっていない。ブログ以外が忙しかったわけでもなんでもないので、単純にダラダラとしていただけ。

といっても、本当にダラダラとして毎日を楽しんでいたらいいけどそうではなく、頭の中にはいつだってブログのこととか今後のことを考えていた。考えすぎて、考えすぎて、頭がややこしくなっていく。

これまでにも繰り返してきた自問自答の明確の答えは未だに見つけられていない……というよりも、見つけてもまたすぐに同じ苦悩に行き着くのを繰り返している。



「なんで私はこんなに悩んでいるのだろう?」
「そもそも何に悩んでいるのだろう?」
「一体何と戦っているのだろう?」

私の頭の中では常にこのような自問自答ばかりを繰り広げながらも、結局何も解決していない。最悪な状態。



答えはいつだって単純明快だ。ビジョンが明確でなかったり、謎のプライドが邪魔してきたり、すぐに違うことを発見して可能性の幅を広げすぎたり、それはもう色々。

ビジョンの強さは「だるい」「ダラダラ」にも該当するものだと思っていて、巷に多く溢れているブログというよりはメディア寄りのブログ、つまり、何か疑問を抱いたユーザーに答えを教えるような、読んだ人の人生のコンテンツを向上させるようなブログは当然ビジョンが強いし、テキトーにダラダラと好き勝手に日々の感想などを書こうと思って始めたブログにさえ、そうすると決めたビジョンの強さがある。

私の場合、このブログを始めた当初はメディア寄りの、相手に役立つ何かを届けつつも、自分の思考を整理したり好きなことを追究したりというアウトプットツールのような扱いをしていたのだけど、結局100記事書いたところで色々思うところがあってほぼ削除。そして、今は悪い意味でのグダグダ。



ただ、悩んでいるときこそこうして書き始めることが大切だと今この瞬間に思った。何も手を動かさずにぼーっとするより何倍もマシだと気づいた。

読み手を気にしない、気にしないと言いつつも、実は気にしている自分がいるから、どんどん書けなくなってくるという事実に改めて気づいた。

割り切れているようで、実は全然割り切れていなかった、と。何も求めていないようで、実は求めているんでしょう?と悪魔のささやきがいつも眠る前に聞こえてきたほど。



あと、決めつけすぎるのもよくないな、と。ちょっと前にいわゆるブログの本質は「だるい」とか極個人的な日記だと受け入れたつもりでいても、そうではない記事も書いたりして「オイオイ、お前さん。矛盾しているじゃねえか!」と自分で自分を突っ込んでしまい、それがまたブログから離れる要因になってしまった。

好き勝手に書く。けど、たまに書きたくなったらそうではない記事を書いてもいい。もっと、肩の力を抜こう、と。ちゃんと上手くまとめた情報系の記事を書くのもアリ。日記を書くのもアリ。もうとにかくなんでもアリ。

読み手を意識して書くという行為も、実は自分の頭や日々をより明確に整理した結果なわけだし。友人がツィッターで好き勝手に自分の考えをリアルタイムでいつもツイートしているんだけど、なんで誰かの反応を一切求めていないにも関わらず非公開にもしないのかと他のユーザーに突っ込まれたときに「誰かが見ているかもしれないという適度な緊張感があるからこそ、自分のただの呟きが洗練されていくから。より大切にしてあげようとも思うから」みたいなことを言っていて、ああ、そうそう、これだよね、と思った。だからみんなブログをやるんじゃないか?とすら思う。特に昔から続けている人たちは。



キリがないから一旦この辺で締めよう。