呟き



ブログには全然携われなかったけど、本当は今日一日ブログに専念しようと考えてはいたけど、結果的にものすごく良い一日を過ごせたなあ。

最近はアルバイトも明日、明々後日の勤務を終えたら退職して晴れてハッピーニートになるわけであって、現状においてはお金関係で困ることが多々あるのでアレコレ必死になっていた、というか、なりすぎていたんだけど、今日は自分がどうしても今やりたいこと、今日やらないで死んでしまったら後悔してしまうであろうことだけに久々に集中していたので、めちゃくちゃ心が健やかになっていた。

その行為はアルバイトほどに稼げないし、それで稼ぎたいとも思っていないからアルバイトをしていたわけでもあるんだけど、最終的には数万円ほどの利益は得られる。

それだけに集中していたら、毎月10万円近く得られるかもしれない、それなら自分の心や身体に優しいそのアクションに全力を注ぎ、ブログは余力で運営して、アルバイトなどの労働は二度としないことを覚悟してもいいのではないか?と最近考えている。アウトプットできる余力やら素材が消失してしまったら元も子もないけど。

恥を承知で言わせていただくと、今、100万円を手にしたら私は何不自由なく過ごせることができる。元々浪費家でもないので、毎月10万円未満でも全然問題なく生きていけるし、むしろ多いほどだ。

では、なぜアルバイトなり何なり稼ぐ必要があるのかというと、それは諸事情であり、それは私が招いた結果でもなく、分かりやすく言うなら家族関係の問題。

それによって借金なるものを負ってしまい、毎月少なくとも10万円近くを稼ぐ必要があるというのが私の情けない現状なのだ。

もしこれがなかったら、私はとてもフットワークが軽いことであろう。来月から「アルバイトしようかなあ、どうしようかなあ」とかの悩みもないだろうし、そもそも貯金もできたはずなので、ブログなり何なりに専念する期間を設けることができた。

しかし、それができない。しかし、それを嘆く気もない。すべては私の責任なのである。それを選択したわけなのだから。

だから私は自分を可哀想な悲劇のヒロインという扱いを自らしたことは一度もない。すべては自己責任。早く自由になりたいとは思うけど、それを他者に漏らしたことは一度もない。というか、情けなさすぎて、とても人に言えない。

それが私の現状。さて、来月からどうしようかなあ。と、思いつつも「まあ、お金に困ったら次はあそこで働けばいいか」くらいの目処はいくつか立てているので、実はそこまで不安を抱いていない。

正確には不安だし、次もやっていけるかも不安なんだけど、頭や心のどこかで「まあ、今までなんとかやっていけたから、きっとこの先もやっていけるであろう」という確信がある。ちなみに、全く根拠がないわけでもない。

同職種を選ぶにしろ、たぶん、私より仕事ができる人は早々いないという自負心がある。それは作業だけではなく、人間関係の構築においても。

ただ、相手が本当にどうしようもない人ばかりだと、さすがの私もお手上げなのだ。今の職場でも、週に二日一緒に仕事をすることになる同僚は40代にも関わらず痛い、これがメンヘラかと言えるようなオバさんなので。私より大人ではない、経験も未熟なオバさん。

私が下手に出てあげているから良好な関係を築けているけど、私が素直に意見を言うものなら絶対に仲違いするであろう関係。なぜそれをやらないかと言われたら、単純にそうする方が面倒だから。デメリットしかないから。

前の職場ではメンヘラにしろ何にしろ、あまりにも度が過ぎた相手に対してはこちらも粗悪な態度をとっていたけど、今の職場でそれをやるメリットが全くないから。

ちなみに、それを踏まえた上でも、今の職場は働きやすい。流すこともできるし、残りの二日に関しては一人仕事なので尚更問題がない。

辞めるキッカケは、あくまでも人間関係のストレスではなく、二度と休み希望がとれないルールに変更した、ただそれだけのことなのだ。

もしそれがなかったら、私は辞めなかった。そのオバさんに対しては多少のストレスはあったとしても、もし長居するようなら下手に出ることをどこかで中断していた。

残りの二日は何も問題がないし、そもそも仕事および作業自体は全く不満もないし、店長兼マネージャーに対しても何も不満がないので。

まあ、実際辞めることを決意した今では「あのオバさん、本当にうざかったなあ」とは思うんだけど。今も自我をあまり出さないであげているのは、残り二日しかないから、ただそれだけのこと。

もしこれが退職せずにしばらくお世話になるようなら、今月中にそのオバさんと決別することになったとしても、自分がモヤモヤしたことはハッキリ言っていたと思う。一日中一緒にいると、流すにも限度が生じてくるので。

という、どうでもいい今の呟きをここにまとめてみた。